ANGELO

‘FAUST’

♪PROFILE♪

1990年代後半から2000年代前半に活躍した日本の伝説的なロックバンド、Pierrot。同バンドの解散後2006年、Angeloはキリト(vocal)、KOHTA(bass)、TAKEO(drums)の3人によって結成。その後、2011年に元D’espairs RayのKaryu(guitar)と元Vidollのギル(guitar)が加入。2019年11月6日に11thアルバム‘Faust’をリリースした。
HP http://angeloweb.jp/

♪MUSIC♪

‘FAUST’(LP)
November 2019

♪REVIEW♪

Written by Sei

Angeloの1年は文字通り、作品の制作とライヴ演奏に捧げられている。彼らは毎年秋にアルバムをリリースし、ツアーを2回行う。1つ目はアルバムの曲順通りに再現するツアー、もう1つはアルバムの曲順をバラバラにし、過去の楽曲と織り交ぜてのツアーを行う。他に、イベント的な定例の公演、ファンクラブツアーにてアコースティックライヴを行っている。驚くべきスケジュールの過密さである。しかもあくまで、制作とライヴというロックバンドとしてなすべきことのみに集中してやっている。長いキャリアのアーティストにありがちな俳優や執筆など本業以外の活動や、過去の再演ツアーやディナーショーなど古参のファンを対象にしたイベントもやらない。あくまで、時間的にも精神的にもバンドに一番負荷がかかり、過去の功績が通用せず‘今’の真価が問われる、作品とライヴだけに集中している。

彼らは新しい作品を出すたびに毎回最高を更新していく。月並みな言葉のように見えて、ロックにおいては実に驚くべきことである。なぜなら、多くのロックバンドは1stアルバムやブレイクスルーしたアルバムが最高傑作で、それ以降は良くて及第点、それどころかむしろ質も人気も下がり、フェードアウトしていくのが一般的だからである。その代わりにロックは世代の新陳代謝が早い。5年周期ぐらいで新しいバンドが現れシーンを塗り替えていく。そんな新世代も1,2枚良い作品を作り、いつの間にか彼らも去っていく。もしくは過去の遺産で食いつなぐ。そんな時代の変遷を横目に、Angeloはストイックに今を更新し続けていく。もはやPierrot時代の名声など不要である。

なぜ彼らはそこまでして自らを追い詰め、ただひたすらに音楽にその身を捧げるのだろうか? その謎を解く鍵は、バンドの首謀者たるキリトの思考を解き明かしていく必要がある。

キリトは毎回コンセプトを決め、アルバムを作っていく。これはPierrot時代から変わらない。ある時は、道化師や人造物の視界から見た人の世を、またある時は神が見下ろすアダムとイヴの物語を、そして現生における地獄や天国をテーマにしたこともあるし、ドラッグや国際紛争などリアルな題材をモチーフにすることもある。広い世界を俯瞰的に見るだけでなく、自身の心さえも対象化して深く深く掘り下げることもある。果ては量子力学の観点からラヴソングを歌うこともある。基本的には日本語歌詞のため、海外の方には伝わりにくいかもしれないが、ここまで自由に言葉を自在に操り、縦横無人に宇宙を作りあげていくロックミュージシャンを私は知らない。

ただし、いかなるコンセプトの作品であろうとも、彼の問いかけはただひとつ、‘人とは何か?’に集約される。それを各アルバムのコンセプトに沿って展開していく。まずアルバムの冒頭で問題提起をし、それから物語を展開させ、最後に答えを出し、それについての判断/行動はリスナーに委ねる。作品ごとに切り口が違うため、リスナー自身も‘人とは何か?’そしてまた‘自分自身はどう生きるべきかを’多面的に考え続けることになる。

待望の新作はゲーテの戯曲、‘Faust’をテーマにした作品である。物語はメフィストと呼ばれる悪魔の独白からスタートする。ファウスト博士はメフィストと、死後の魂と引き換えにあらゆる願いを叶えるという契約を結び、いくつもの次元を旅する。

アルバムにおけるストーリーは、重層的なメタファーであり、多様な解釈ができる。ここでは一例を述べよう。

まずは先に述べた、戯曲‘Faust’のストーリーのキリト解釈版。これはメフィストとファウスト両方の視点から描かれる。

続いて、リアルな世界のドキュメント。ファウストを人間の代表と捉えることで、その人間達が悪魔の契約と引き換えにどんな欲求を満たしていったか。その結果、どのようなことが起きたのかという解釈もできる。しかも、一般的な正義と悪をその立場を入れ替えながらそれぞれの視点で物事を見ていく。聖戦を意味する‘Jihad’やアラブの春を題材ににした‘Ritual’などリアルな事象を抽象化させることで、世代を超えて何度も繰り返し起こし続けてきた、人間の業すらも浮き彫りにしている。

そして、彼自身の人生の記録でもある。原作のファウスト博士は錬金術師である。彼が無から金を作り出すように、キリトはその思考力で最高のアートを生み出す。それはPierrotの時から変わることのない、最高のエンターテイナー精神の表れでもある。攻撃的で前のめりなその姿勢、創造への飽くなき欲求。それらは冒頭に述べたAngeloのストイックな活動と共鳴している。

そんなキリトを突き動かし続ける原動力は、7曲目の‘止まない雪’で明らかになる。

この曲は、犠牲を払ったとしても自らの願望を叶えようと決心するファウストのシーンとして描かれている。それと同時にキリト自身が、幼少期に見た景色の描写でもある。日本の最北端に位置する都道府県、北海道。そこで幼少期を過ごした彼の生活はあまり恵まれたものとは言えなかったようだ。家庭内の軋轢から逃れるため、幼い年齢にも関わらず、まだ赤ん坊の弟を抱きかかえながら、闇夜へと走って逃げ出さざるを得なかった。そんな彼の視界には、真っ暗な空の中で、ただ降りしきる雪だけが映し出された。歩いてきた自分の足跡は雪に消えてしまった。前もうしろもなく、ただ赤子を抱いたまま雪の中に立ち尽くしていた。このような体験が幾度も繰り返されたようだ。子供の楽しみでもある、クリスマスも、2月にあたる誕生日も関係なく、厳しい雪国の中、人知れず子供の受難が続いた。

彼はPierrot時代から‘いつもどこか客観的に自分を見ている’と語っていた。その視点があるから自分自身が妥協できないのだと、そういった旨のことをシリアスに語っていた。私はそれをいわゆるメタ認識だろうと解釈していたが、今思えば、その視点は特定の時点の自分自身だった。それは止まない雪の中、ただ救済を待ち続けた子供の視点だったのだ。少年には、本当に誰かの助けが必要だったし、彼もまた誰かが助けてくれると信じていた。しかしながら、実際には誰も助けてはくれなかった。だから彼はマッチ売りの少女のように、心のマッチを擦りかろうじて浮かぶ救済の幻想に想いを馳せるしかなかった。それでも空想の火は消え、ただ雪だけが無情に降りしきり、寒さが身体と心を苛んだ。幼い心の闇に、内なるメフィストが手を招いているのが感じられた。なんとか彼は生き延びたが、壮絶な体験は終生、消えることのない心の傷となった。やがて親の手から脱し、ロックミュージシャンとして歌詞を描き始めた彼にとって、誰も助けてくれなかったという絶望の最中に目にした‘雪’と、それでも待ち焦がれ心に描いた‘光’は主要な歌詞のモチーフとなっていく。

もちろんキリトがいわゆる不幸体験を、人目を引くネタとして使っているわけではないことは明らかだ。もし使うのなら、20年以上の長いキャリアの中で、より効果的に使えるあるいは、助けになるタイミングは幾度もあったはずだし、実際にそうしたことは一切しなかった。時代の寵児でもあったPierroのフロントマンとして、幼少期のエピソードなど山ほどを聞かれ続けてきたが、そうした話は一切しなかった。

これまで私には長い間不思議なことがあった。彼の作品は母親と子供を題材に取り上げた曲が多いのだが、‘結婚しない、子供がいないということについては、親には絶対に口を出されたくない’旨のコメントを見たときだった。もちろん、私が過去のエピソードを知る前の話だ。いつもは冷静な彼が、やや苛立ちを含んだ言い方に驚いたものだ。

Pierrot時代の初期の楽曲で、聖書をモチーフにして描かれていた‘メギドの丘’という曲がある。歌詞の主人公は、冬の真っ暗な暗闇の中、両足が動かない。どんなに助けを請い、救済を願っても、無情にも箱舟は通りすぎ、僕は誰にも気づかれず、終いには地面に崩れ落ちてしまうというストーリーだ。これは彼自身の身に起こってもおかしくないことだったし、ある意味では実際に起こったことでもあったのだ。

彼自身にとってもこれまでは幼少期のエピソードをメタファーとして表現することはあっても、ダイレクトに言語化し、作品化するのには抵抗があったのかもしれない。それ以上に、その原体験はまるで硬い殻に包まれたタイムカプセルのように、カチコチに固まっていたのかもしれない。その次元においては、どれだけ多くの人の声援を浴びていても、雪が降りしきり、ただ一人子供が立ち尽くし、キリトを見ていたのかもしれない。

その殻を破ったのはギタリストKaryuの制作する楽曲だ。予兆はあった。彼の作る曲で、キリトの歌詞の幅がさらに広がっていった。2014年に発表された‘Crave To You’という曲では、これまでにない率直な言葉でリスナーへの想いを綴り、往年のファンを感動させた。決定打は2018年にリリースされた‘Resonance’に収録された、‘Cruel World’という曲だ。年齢もあったかもしれない、これまでのキャリアの手応えと自信もあったかもしれない、それでもKaryuが作ったこの楽曲が、彼の心の氷の壁を融解した。堰を切ったように、自らが体験した残酷な世界のありようと、自らの手で這い上がってきた自身のエピソードが、リアルな言葉で綴られ、インタビューなどで詳細が語られることになった。そして最新作に収録された、‘止まない雪’はキリト自身の作曲で過去に向き合い、よりパーソナルな作品に仕上がっている。

彼は、もともと時間をテーマに物語を作ることに優れていた。それこそ、持ち主の女性を眺め、‘毎晩君だけが年を重ねていくよね’と独白する青い目の人形の奇妙な物語から、人類の始まりと終わりを描く壮大なスケールの物語、あるいはファウストのような時空旅行も描いてきた。対照的に、迷いの夜と決心の朝といった、短い時間軸で物語を綴ったこともある。そして、この‘止まない雪’という曲の歌詞は、これまでの執筆から身につけた圧倒的な文筆の集大成として、自身の人生の時間を結晶化したものでもある。

幼少期の原体験から、Pierrotの栄光と解散、Angeloでの再起と充実の今に至る流れ、そして自身とファンに対する素直な想いが5分23秒の楽曲に凝縮されている。‘誰かがあの子を救済してあげなくてはいけない。誰も助けてあげられないのなら、僕が彼の望んだ救世主(メシア)になろう’と、彼は人生をかけてそれをやってきた。そして、その行動が私を含め多くの人々を救済していった。その軌跡がこの一曲に結実されている。

前述のように、キリトは毎回アルバムごとに、冒頭で問題提起を行い、最後に彼からの答えを提示してきた。例えばこれまで、‘白馬の騎士は助けに来ないし、手足は動かないかもしれない、それでも生きていかなくては’、‘生まれたこと自体が罪とさえ思えるほどの絶望的な人生であっても、ただこうして朝を迎えるだけでもう無罪じゃないか、その判決をくだせるのは君自身だけだよ’、あるいは‘苦しみや悲しみの終わらない世界にあっても、ただひたすらに新しい命を待ち焦がれることの素晴らしさ。そして同じように、君の誕生を心待ちにしていた人達がいるんだよ。そう真実はシンプルで美しいんだ’ということを。そしてまた‘この世界はたしかに残酷かもしれない。でも、その手を伸ばしてみたら、案外世界は変わるかもよ。僕だってね’と。同じ問いに、同じ答えを、違う言葉で繰り返し、歌ってきたのだ。

本作のラストを飾るのは‘Stop The Time , You Are Beautiful’という曲である。原作では、この言葉を最後にファウストは絶命する。キリトの歌詞ではメフィストの視点で描かれている。

私はこの20年間、キリトそして彼の率いるバンドの楽曲をずっと聴いてきた。作品が出る日を30代半ばになった今でも、本当に楽しみにしている。今では彼らの他はほぼ洋楽しか聴かない。それでも彼らは聴き劣りしないし、それどころか彼らの素晴らしさは世界水準だと身に染みる。私の中で彼らは、私の好きな海外のバンド同様、オルタナティヴロックに位置づけられる。ヴィジュアル系でもラウドロックでもない。マス向けの音楽とは異なる、別の人生の価値観を提示する、個人の想いから生み出されたロックである。

彼らがほぼ毎年アルバムを出してくれるし、1年中聴き続けるに耐えられるほど質が高い(私はかなり飽きっぽいから、1年聴き続けるのはよっぽど作品自体が良くないと無理だ)。彼らの作品を振り返れば自分の人生を振り返ることができる。その時どのような状況で、どんな人と関わり、どのような想いを抱いて生ききたのかが、思い出せる。思い出すという言葉すら適切ではないかもしれない、まるでタイムスリップしたかのように、今はもう失ってしまったかつての心のあり方、過ぎし日の思い出が、主観的に追体験できるのだ。だから、彼のアーカイブを聴くことで、10代前半から30代半ばまでを時系列で追っていける。こんな素晴らしい音楽体験はそうそうないだろう。私はキリトに本当に感謝している。

そんな長年のファンの私でさえ、このラストの曲‘Stop The Time , You Are Beautiful’を始めて聴いたとき鳥肌が止まらないほどに感動した。同じ問い、同じ答え。それでも作品を重ねるごとに、螺旋階段を地下へと降りるように、より深い問いに、より深い答えになっていく。あなたにもAngelo最新作の、‘最深の問いと答え’を、まずはその耳で聴いてほしい。

♪INFORMATION♪

SEI LIBRARY INSTAGRAM

SEI LIBRARY is a music blog. This site also introduced SWMRS, La Femme, Crack Cloud and others who contributed music to Hedi Slimane. The latest information is announced on Instagram. Please take a look.
SEI LIBRARYは音楽ブログです。このサイトでは、SWMRS、La Femme、Crack Cloudなど、Hedi Slimaneに音楽を提供したアーティスト達も紹介してきました。最新情報はInstagramで紹介しています。ぜひご覧ください。

Click here for the instagram.

SEI LIBRARY PRODUCTS

A T-shirt printed with night photos that symbolizes music blog , SEI LIBRARY.
音楽ブログ、SEI LIBRARYを象徴する夜の写真がプリントされたTシャツ。

Products can be purchased here./こちらで購入できます。
Click here for the product details./こちらで詳細をご確認いただけます。